ニューヨークでの継承日本語教室/学校運営の課題と問題

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Coalition of Community-based Heritage Language Schools (https://www.heritagelanguageschools.org/coalition)という会合で、 全米の継承日本語教室/学校全体でネットワークを作り、継承語教育に関する情報共有やリソースのシェアができないかという話に参加しました。まだまだ理想論で、実現は難しいなぁと感じたのですが、他方で、多くの継承日本語教室/学校が同様な問題や課題に直面しているというのは本当だと思いました。

そこで、かなり主観的な意見ですが、自分の知るニューヨーク近郊の継承日本語教室/学校に関して共有されているであろう問題や課題についてまとめてみました。

  1. 資金

    ニューヨークでの継承日本語教室/学校を運営する上で最初に直面する問題は、どのように資金を調達するかだと思います。おおまかに分けて、保護者主体で (主に学齢期前の子供たちのために) 日本語による保育を行おうというインフォーマルな日本語教室のパターンと、組織として日本語教室/学校を始めようとするパターンがあるかと思います。

    まず、保護者主体で (主に学齢期前の子供たちのために) 日本語による保育を行おうというインフォーマルな日本語教室のパターンです。よくあるのが、1-3歳くらいの学齢期以前の子供を持つ日本語話者の保護者が、公園やその他の地域の集まりなどで知り合いになり、日本語による保育の必要性を話し合った結果、インフォーマルな日本語による保育活動が始まるというケースです。大体、5-6家庭の保護者間で始まり、最終的に20-30家庭くらいまで行くこともあるようですが、このようなインフォーマルな会合ですと、一切お金を徴収せずに、定期的に保護者主体で無料で利用できるような図書館、教会、公園などの施設で集まって日本語を使った活動をするということはよく見られます。ある程度、組織的に日本語活動をするグループですと、場所や先生の為に費用がかかるので、活動ごとに費用を徴収していることもあります。全体的に、規模も小さく、必要な経費も、場所や先生への謝礼など実費だけですので、このパターンでは、資金はそれほど大きな問題にはなりません。

    ある程度定期的に会合が開かれたり、保護者間でのネットワークが強まり、しっかりとした組織として日本語教室/学校を始めようと考えると、資金源が非常に大きな問題になります。組織として日本語教室/学校を運営するには、その地域の法律上で幼児教育や保育に必要とされる最低限の設備や事務的機能が必要になってくるので、学校の運営実費だけでなく、その他諸々の経費がかかり、インフォーマルな会合とは桁違いの経費が必要になってきます。例えば、インフォーマルな会合では必要とされなかった、事務職員の給与、保険費、賃貸料、法律上求められる安全設備の購入、先生への謝礼にかかる税金の処理など多くの事務費などが大きな支出になります。組織によってどの程度事務費にお金がかかるかは変わってくると思いますが、以前聞いた話では、ある教室では保護者から徴収した50%以上の収入が、実際の保育とはあまり関係のない事務費にかかると言っていました。

    現実的に組織的に日本語教室/学校を始めるにはかなりの費用がかかるので、多くのインフォーマルな日本語教室は、対象子女が学齢期になったり、保護者が仕事を再開したり、引っ越しなどでバラバラになったりして自然解散することが多いです。ですが、時折、インフォーマルなネットワークから組織的な日本語教室/学校になるケースもあります。これまでニューヨークであったケースでは、継承日本語教育に興味のある財団などからの資金調達したパターン(非常にまれ)や既存の公立学校や非営利団体などの一部として継承日本語教育を継続するパターン(結構多い)などがあると思います。よく、資金調達の際に、国際交流基金や日本大使館/総領事館からなどの日本政府系の資金を模索することが多いようですが、継承語教育に対する日本政府からの支援は非常に複雑で、インフォーマルなネットワークを組織的な日本語教室/学校にするために国際交流基金や日本大使館/総領事館が資金的支援をしたというのは例がありません。

  2. 人材

    継承日本語教室/学校を運営する上で人材はとても大事です。一番大変なのが、長年同じ教室や学校で勤務する人が少なく、知識やノウハウの蓄積ができないことが挙げられます。

    継承日本語教室/学校で大事な人材は二種類あり、おおまかに、学校運営や広報などに長けた事務方の人材、日本語教育などの専門知識のある教師の人材が重要になってきます。「全部自分がやれます。」のようなすごい人も時折いるかと思いますが、自分が知っている中で、有能な事務の方が良い先生であったり、良い先生が組織の運営に長けているということはあまり見たことがありません。

    有能な事務の方は、経理や法律などに詳しく、学校の場所の確保や、新しい学生の勧誘などに必要なネットワーク設定、コミュニケーション能力に長けた人です。あくまで自分の個人的意見ですが、事務の人は、継承日本語教育に対して自分の理想やあってそれを実践しようとする人よりも、自分の理想は前に出さず、それよりも、教員、保護者、子女が持つさまざまな継承日本語教育に対する理想や目標をうまく聞き出して理解し、それを調整して実現するような人の方がうまく行っている気がします。組織の運営に関しても、みんなが素晴らしいと思う理想論よりも、つまらないけれども現実的な選択ができる人の方が事務的には優れていると感じます。

    先生は、当然ながら、継承日本語教育の経験があり、教育の理想や信念がある人が良いです。これも個人的な意見ですが、継承日本語教育に関しては、先生は経験よりも教育信念が高い人の方が向いていると思います。継承日本語教育は、子どものバックグラウンドや日本語能力もさまざまで、普通の日本語教育よりも過去の経験が反映できるという機会が少ないです。10年以上継承日本語教育を教えているような先生であれば別ですが、過去に数年教員経験があるというような経験はあまり継承日本語教育の現場では経験は関係ないと思います。それよりも、継承日本語教育の現場は、いろんな課題や問題が多いので、理想や信念があり、問題に直面してもへこたれたり、辞めてしまったりしないような先生のほうが現場には向いていると感じます。

    事務方の人材、先生ともに、継承日本語教室/学校での最大の課題は継続性が低いことです。殆どの継承日本語教室/学校の関係者の方は、数年で職場を離れてしまうので、教室/学校の運営や教育方法のノウハウなどが引き継がれていないことが多くあります。上手く運営できている教室/学校などは、何名かの事務や先生が非常に長期間にわたり勤務されているところが多いです。

  3. 場所

    場所は、都市部で教室/学校運営しようと思うと非常に重要な問題になってきます。インフォーマルな集まりであれば、誰かの家でやったりとか、教会や図書館など無料でスペースを貸し出ししてくれるところを見つけ、そこで集まったりすることなどができるのですが、 正式に教室や学校として運営しようとするのであれば、長期間にわたってどの場所で教育を行うのかということが確定しないと、NPOの申請、法律上必要な住所の登録、新しい学生の募集や先生の指導プランなど多くの支障が出てきます。ですので、ある程度お金を払っても、1年間を通じて場所が使えるというところを確保する必要が出てくるのです。

    継承日本語教育で場所の確保が難しい理由として、1つは既存の学校設備を持った組織が継承日本語をやるということが少ないと言うことにあります。日本政府による日本人学校で教育設備を持っているというケース以外は、継承日本語の教室/学校を始めるには、週末あるいは放課後にだけ、どこかの他の学校や教育施設で場所を確保しなければなりません。既存の学校にコンタクトし、週末だけあるいは放課後だけスペースを借りるというのが、かなり大変で、かなりのお金を払っても長期間、週末だけキャンパスを貸し出してくれる学校や施設はそれほど多くありません。たまたま見つかっても、場所のレンタルの謝礼がネックになったり、突然、スペースが利用ができなくなったりするということもよくあるので、場所に翻弄されることは多いです。また、正式に教室や学校運営しようとすると、それぞれの地域の法律上、子供の安全や、教育設備等が法律によって決められていることもあり、そのような法律を準拠する設備がないので、結局利用できないということもあります。

    最も良い場所は、当然、日系人がたくさん住んでいる居住地の近くがいいのですが、既存の継承日本語教室/学校との距離、電車やハイウェイなど通学手段の距離、謝礼の額など、多くの要素があり、なかなか上手く理想の場所に教室/学校が確保できるということは少ないようです。

  4. カリキュラムと教材

    カリキュラムに関しては、いろいろ違ったレベルでの課題があります。

    ひとつは、インフォーマルな教室や学校では、教育関係の知識が持つ人がいないことがあるので、カリキュラムというコンセプトが無いと言うこともよくあります。 年間のスケジュールがあったり、いろんな行事やイベントの予定はあったりしても、クラスの中でどのような教育を行うのか、そしてその教育の効果をどのように評価するのかなど、カリキュラムの基本的なことが確立されていない事は、インフォーマルな集まりでは往々にあります。インフォーマルな集まりだと、長期的な計画等ができないという理由はあると思いますが、規模を大きくしたり、長期的に存続しようとするのであれば、カリキュラムは非常に大事になってきます。

    カリキュラムのもう一つの問題としては、 日本の学習指導要領による教育と継承日本語のカリキュラムという二種類のカリキュラムがあることが挙げられます。 日本の学習指導要領によるカリキュラムは非常にしっかりしているので、学習指導要領を採用するだけで、しっかりしたカリキュラムを継承日本語教室/学校に導入することができます (参照: https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm)。教材や評価などに関しても、学習指導要領に沿ったさまざまな出版物があるので、それを購入するだけで指導や評価ができます。ですので、継承日本語教室/学校で日本の学習指導要領を採択するのはよくあるのですが、小学校高学年位になると継承日本語の児童は、どうしても日本語の習得が日本に住んでいる子供と比べると遅くなってしまうので、学習指導要領を採用してしまうと、大体小学校3-4年生位からかなりカリキュラムが求めるものと継承日本語話者の児童ができる事の差が広がり、多くの継承日本語子女が小学校高学年で継承語教育を諦めてしまいます。

    他方、継承日本語教室/学校の中には、継承日本語用のカリキュラムを作成し、そのカリキュラムに沿って教育を行っていると言う学校もあります。ただ、そのようなカリキュラムの作成には時間や労力がかかり、しかも、独自のカリキュラムなので指導方法や評価がとても大変になります。独自のカリキュラムを作成すると、おそらく日本の教科書などは使えないことになるので、教材開発や評価方法の確立に、非常に大きな労力が裂かれ、先生方にとっては大きな負担になります。また、以下にも述べるとおり、保護者の中には、日本のカリキュラムと同じ教育をしてほしいと言う理想を持った保護者も多く、そういった保護者に継承語話者向けのカリキュラムを利用することに理解を求めるのは結構大変です。カリキュラムを作成だけでなく、それをどのように学校の理想や目標と近づけていくのかと言うのは大変な課題になります。

    個人的には、低学年では 日本の学習指導要領によるカリキュラム、3-4年生くらいから継承日本語向けのカリキュラムを導入するのが一番良いと思うのですが、日本の学習指導要領によるカリキュラムを採用している学校は、全学年で学習指導要領を採用していることがほとんどで、独自のカリキュラムを作成しているところは、毎週、先生は教材作成に追われているということをよく聞きます。

    最後に、カリキュラムが、日本人としてのアイデンティティーを持った子女向けのものなのか、あるいは、アメリカ人の日系人としてのアイデンティティーを前提にした子女向けのものなのかは大事な点です。「日本の学習指導要領」を採用すると、日本人としてのアイデンティティーを持つ子女向けの教材などを使うことになり、日本人の価値観、歴史、文化を持つことが前提となります。実際には、継承日本語を学習している子女のアイデンティティーは日本人ではないので、そのカリキュラムと本当のアイデンティティーの差については、子どもたちが自分で考え、なんらかの形で解決することが求められます。保護者や先生は、一世移民が多いので、それほど気にならないことが多いですが、実際に教育を受ける子どもたちは、先生が教える教材が前提にしているアイデンティティーと、自分本来のアイデンティティーの齟齬を自分で解決する必要があるので大変です(例えば、継承日本語学校を修了した子どもは、「自分は土曜日だけは日本人になる」みたいな言い方をしたりします)。一部の継承語学校では、教材は日系アメリカ人を対象とした教材を利用しているところもあります(例えば、第二次世界大戦がテーマの際には、日本の国語や社会の教科書の内容よりも、「442連隊」の話や、日系人強制収容所をトピックにしたりしています)が、前述の通り、そういったカリキュラムや教材は自作する必要があるので、教材作成にかかる労力と費用が最大の課題です。

  5. 目標

    上記のカリキュラムとも関係するのですが、教室/学校で何を目標にするのかというのを確立し、共有するのは非常に難しいです。

    まずは、保護者と教室/学校での目標の違いがあります。継承日本語学校に通う子女は平日は現地校で英語による学習をしているので、継承日本語学校に子女を通わせている保護者の期待としては、英語だけでなく、日本語も年齢相応の能力をつけて欲しいという人が多いです。ただ、現実的には、日本語と英語の両方で年齢相応の言語能力を持つ子女はほとんどおらず、ほぼ全員の子女は、どんなに頑張っても年齢よりもある程度低い日本語能力を持つことになります。教室/学校の運営者、教員、保護者の全員が、その前提に沿って目標を設定できればいいのですが、なかなか現実的な目標を共有するのは(特に保護者との目標共有は)難しいです。

    他方、国際結婚で配偶者も日本語と英語以外の言語を母語とするような家庭などの場合、日本語を継承語として保持するのは難しいけれども、少しでも日本語、特に日本文化を継承して欲しいという保護者もよくみられます。家庭での使用言語が英語であったりする場合は、日本語での簡単な指示などが理解するのも難しいという日系の子女も多くいるので、そういった保護者が多い教室/学校の場合は、日本語の保持と日本文化の継承をどのようにバランスを取るのかというのは難しい問題です。最近のバイリンガル教育の流行りでは、translanguagingといって、言語使用を一つだけに拘らず、多言語を駆使して指導したりすることも推薦されています。継承日本語学校をtranslanguagingのフレームワークでどのように目標設定するのかというのは研究としては面白いですが、translanguagingはかなり前衛的な考え方なので、それを基本にした目標を、学校関係者全員で共有するのは不可能だと思います。

    学校の運営者の視点からは、「日本の学習指導要領」をカリキュラムとして採用し、日本と同じ教育レベルを教室/学校の目標としていると宣伝するのは、とても簡単で、しかも多くの保護者の理想に沿った目標設定になります。他にも、日本政府の支援を受ける補習日本人学校では、「日本の学習指導要領」を採用するのは必須で、それ以外の目標を設定するのは制度上無理になっています。ただ、現場の教員、特に小学校の高学年を担当する先生にとっては、「日本の学習指導要領」に沿って指導を行うのは現実的には不可能であり、その差を埋めるために様々な工夫や努力をすることになり、また、継承語話者の子女にとっても、常に実現不可能な目標を設定されるという過酷な状況が日々クラスで続く事になります。

    継承日本語向けのカリキュラムを独自に作成している場合は、目標を設定し、それを幅広く教室/学校、先生、保護者、そして生徒の間で共有するのはさらに難しくなります。継承日本語を話す子女にとって必要な日本語能力はどの程度なのか (例えば、小学校を終える際にどの程度の日本語能力を持つことを目標にするのか)、評価は言語能力以外で何を評価するのか(例えば、文化継承や日系アメリカ人アイデンティティー形成を目標にするのであれば、それはどう測定するのか)など決めることは多く、それぞれの家庭によって希望も違うことも多いです。言語能力の他にも、保護者の期待としてよく挙げられるのは、日本の文化も学校を通じて習得して欲しいということがあります。そいうった希望を重視する学校では、運動会、お弁当、保護者懇談会など日本の学校行事を多く取り入れているところも多いですが、最終的に目標が共有されていない教室/学校では、長期的に日本語継承語教育を継続する子女は少ない傾向にあると思います。

  6. 法律

    教室/学校として正式に発足するには、まずは非営利団体 (non-profit)としての登録が必要になります。NPOとしての存続するための法律、財務、労使に関する法律を知るのは大切です。例えば、非営利団体として運営していても、先生などに支払う給与には税金がかかるので、毎年税金の処理や申告をおこなえる税金の知識がある人がいる必要があるなど、組織の運営上に必要な法律知識は非常に幅が広いです。

    また、組織の運営に関する法律知識の他、学校としての運営をするためには、州や連邦政府が決める未成年子女を対象とした法律や取り決めなども多くあり、複雑です。場所や、学校の形式、子女の年齢などによって、所管の役所が異なったりするので、それを全て一人で知るのは難しく、なんらかのチームで対応する必要があります。あと、万が一、事故などが起こった場合には、裁判などになることもあり得るので、そうすると、事故処理や保険処理、裁判への対応など、法律に関する知識は常に必要になってきます。

  7. 継続性

    上記のような非常に大変な課題を乗り越えて教室/学校として継承日本語を教えることができる組織は多くはありませんが、実際に教室/学校として長期的な運営ができるようになったとしても、それを長年にわたり継続していくというのは非常に難しい事だと思います。

    一つは、アメリカ大きな政治的な変動があります。現在は、バイリンガル話者に対する印象はポジティブなものが多いですが、アメリカのバイリンガル教育の歴史をみてみると、つい20世紀半ばくらいには、バイリンガル教育はアメリカ人としての同化を妨げる教育だと批判をされてきました。最近では、9/11直後のアラビア語の継承語教育や、2022年からのロシア語の継承語教育など、想像できないような政治的、国際関係の変化から継承語教育が難しくなるということは可能性として排除はできません。

    また、継承日本語話者がどの地域にいるかは長期的に変化し続けるものなので、学校の立地などは数十年事に変わっていく必要がありますし、将来的に、日本に帰国する予定の家庭や永住する予定の家庭など、需要の変化も長期的には起きています。

    実際にどの程度の期間を目標にやっていくのか、どういった状況になると教室/学校の運営を変更あるいは停止するのかなどは、ある程度考慮に入れたほうが良いのかもしれません。

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