子供をバイリンガルに育てるメリットとデメリット

前学期に教えていたクラスで、アメリカで子供をバイリンガルに育てるメリットとデメリットをまとめるプロジェクトをしたので、それのまとめを日本語で書いておこうと思いました。バイリンガルのメリットとデメリットについて、科学的に実証されている、あるいは客観的に記載されている事実についてをまとめようというプロジェクトでしたが、研究で確立している事象だけを考えると、バイリンガルのメリットは非言語的な認知力についてのものが多く、デメリットは言語的なものが多かったのがおもしろかったです。

バイリンガルのメリット

  1. 言語に関するメタ知識(言語をコミュニケーションのシステムとして認知する知識)が高く、言語に対する反応がモノリンガルと異なる。例えば、”Which is more like CAP? CAN or HAT?”という質問があると、モノリンガルの英語話者は、音声的に近いCANを選ぶことが多いが、バイリンガル話者は、HATも意味的に近いと答える。
  2. クリエイティビティーが高い。例えば、”Tell me all the things you could do with paperclips.”などという質問をされると、モノリンガルはありふれた答え(鍵を開けるとか)しか出せないが、バイリンガルはクリエイティビティーが高い返答(アクセサリーにするとか、キーホルダーにするとか)が出せる。
  3. 大人になってから、他の言語を習いやすい。これは、言語のメタ知識とも関係あるが、言語の仕組み(文法、第二言語の音声、音韻、言語の意味論など)を理解しているので、大人になってから自分のバイリンガル言語以外の言葉を学ぶ際に、習得が容易になる。
  4. Communicative sensitivityが高い。Communicative sensitivity高い話者は、例えば、会話の際に、会話相手がコンテクストにないような話を始めたとしても、バイリンガルは会話相手の視点から会話を分析して会話の意味を探ることができる。
  5. バイリンガル話者は、モノリンガル話者よりも認知症の発症が平均的に遅い。
  6. Social mobilityが高くなる。複数言語をネイティブレベルで利用できると、交流関係や活動できる社会が広がり、国際的な仕事や生活が可能になる。
  7. 国際的な環境になくても、グローバライゼーションが進む21世紀では、それぞれの地方で国際的な知識を持つ人は重用される。最近では、地方の観光地などで中国語などの知識を持つ人が、観光者を増やすために必要になっているなど。
  8. グローバライゼーションが進む21世紀で活躍する人材は、バイリンガル能力など国際的な感覚がある人材が必要。
  9. 国際的なバックグラウンドがある子供たち(両親が違う人種や文化を持つ子女など)にとっては、自分のルーツがある言語を知ることはアイデンティティーの確立の一部として必要。

バイリンガルのデメリット

  1. バイリンガルはモノリンガルよりもボキャブラリーが少ない。バイリンガルはそれぞれの言語(バイリンガル話者のメインの言語とサブの言語両方)でのボキャブラリーが、ネイティブ話者よりも少ない。例えば、アメリカでの英語-日本語の継承語話者だと、サブ言語である日本語のボキャブラリーが小さいのはよく知られているが、それだけでなく、継承語話者のメインの言語である英語のボキャブラリーのサイズも(同様の社会環境、教育レベルの)モノリンガルと比べると少ない傾向がある。特に、言語分類学的に離れている言語(英語-日本語バイリンガル)の場合は、ボキャブラリーの少なさは、言語分類学的に関係の深い言語(英語-フランス語バイリンガル)と比べると特に如実にあらわれる。
  2. バイリンガル話者はモノリンガルよりも認知テスト(言語問題)で劣る(picture naming tasks, verbal fluency tasks, word identification in noiseなど)。上記のボキャブラリーサイズに加えて、認知テストは幼児期の認知テストで多用されているので(ニューヨークではGifted & Talented testなど)、そういった認知テストを利用した際には、認知テストの言語問題では不利になる。
  3. それぞれの国や地域の主要言語話者が規範的な国民、住民であるという意識がある地域はいまも多くあり、そういった地域では、バイリンガル話者は、アイデンティティーの確立で困難を伴うことがある。特に、社会的に受け入れられていない言語を話すバイリンガル話者は、その言語を話すだけで、様々な個人の信条などに先入観を持たれ、その国や地域の一員として受け入れられないことがある(例えば、9/11直後のアラビア語、英語バイリンガル話者など)。

[Saturday, February 27, 2021追記]
コロンビア大学のJohn McWhorterが、”4 Reasons to learn a new language”というタイトルでTED Talkをされていました。どちらかというと、成人の英語話者が第二言語を習う意義ですが、上記のような幼児期からのバイリンガルにも関係があるかと思います。使用言語が、認知能力にも影響するというようなNeo-Whorfian linguistic relativityは、言語学の間では生成文法的な言語学に反対する形で人気が出てきている考え方です。

TED Talk: 4 Reasons to learn a new language
John McWhorter @ Columbia University


[Monday, July 12, 2021追記]
中島和子先生の「バイリンガル教育の方法: 12歳までに親と教師ができること」に、上記で紹介されているバイリンガル話者のメリットに関する研究の何点かについて詳しく説明が書いてありました。

中島, 和子 (2016). バイリンガル教育の方法: 12歳までに親と教師ができること (2nd). Tokyo, Japan: アルク.

  • メタ知識: Ianco-Worrall, A. D. (1972). Bilingualism and cognitive development. Child Development, 43, 1390-1400.
  • クリエイティビティー: Scott, S. (1973). The relation of divergent thinking to bilingualism: cause or effect. Unpublished research report, McGill University.
  • Communicative sensitivity: Genesee, Fred (1987). Learning Through Two Languages: Studies of Immersion and Bilingual Education. xxx, xxx: Newbury House.
  • Genesee, F., Tucker, G. R., & Lambert, W. E. (1975). Communication skills in bilingual children. Child Development, 46, 1010-1014.
  • 認知症の発症: Bialystok, E., Craik, F. I. M., & Freeman, M. (2007). Bilingualism as a protection against the onset of symptoms of dementia. Neuropsychologia, 45, 459-464.

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